トランペット時々パチンコ

「勝つのは100人に1人だ」と人は言う。その通りかもしれない。
だが、そんなことが私の知ったことだろうか。

阿佐田哲也(色川武大)氏 語録

今日は私が好きな阿佐田哲也さんが残した語録集を抜粋して紹介。


ギャンブルにはもちろんのこと、人生にも役立つ!


かもしれない…



ー阿佐田哲也勝負語録よりー


危険性のある面白い麻雀で生きようとすれば、その日暮らしになる。
金になる麻雀を打とうと思えば、自分の気質を殺して男芸者と化さねばならぬ。
これは、考えてみたら、どの社会にも通ずる摂理なものかもしれない。



博打ってものは自然体が必要なんです。なにしろ破滅の可能性といつも向き合ってるんですからね。
自然体のきびしさ、これで破滅を納得させるより仕方がないんです。



なにもかもうまくいくわけじゃないんだから、なにもかもうまくいかせようとするのは、技術的にはまちがった考え方だ。



十回勝負すると、素人は六勝四敗を狙う。
玄人は、極端に言えば、一勝九敗でも勝つように張る。



負ける者の何倍も大きいものを失う覚悟がなければ、勝つことなんてできないのだ。



マラソンを見てごらん。あれは、他の選手を追い抜いて1着になる競争じゃないよ。
自分より前を走っていた人たちが落伍していって、自分の着順が上がっていくんだ。
問題は、自分のペースで完走できるかどうかだ。



自分の勘に意地張るからいけねえんだよ。
俺は悟ったぜ。
博打は強い者を立てる遊びだ。強きを助け、弱きを挫くんだ。



独立しては生きにくい。安全を求めれば仮の姿でしか生きられない。



あんたは5分につきあおうと思った。でも、この世界の人間関係には、ボスと奴隷と敵と、この3つしかないのよ。




博打打ちというものは、例外なしに、勝ちこんでいくことによって、人格を破産させていくのである。




この世界で本当の一流になるには、もっとハングリーで根本的に荒んでいなければならない。




本当に勝ちぬく奴は、生まれたときからいかなる意味でも祝福されたことのない奴でなければならない。
誰を愛しても、誰に愛されてもいけない。




カジノはカジノ(パチンコ屋)の都合でやっている。決して客の都合を主体にしている
わけじゃない。客をおびき寄せるために飾っているだけですから。




学校の先生は、どの生徒にも、ひとつの完全な人格を目標に指導していくだろうけどね。最大公約数と君個人とはすべて一致しないからね。
君は君で固有の作戦をたてなくちゃね。




欠点というものも、できれば十代の頃から意識的に守り育てていかないと、洗練された欠点にならない。




大事なことは、簡単に損得のかたちになって現われてこないもので、そう思う必要があるんだよ。矛盾しているように思うけど、そこのところをきっちり掴んでいくのが、大きな人間になるコツなんだよ。



1冊の本になってるのでまだまだあるが、ほんの一部を紹介してみた。

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